シングル「Precious Junk」でデビューしてからの数年間、平井堅は“売れない”時期を過ごした。その流れを少しでも変えようと、1998年に始めたコンセプトライブ「Ken‘s Bar」は、オリジナル曲だけではなく様々な洋楽邦楽のカバーに挑戦することで、彼にとって“歌手・平井堅”のふり幅を広げる場所になっていく。さらにこのコンセプトライブを続けることで、彼自身の中にどんな状況にあっても“歌い続ける”という思いが天命として刻まれたのだと思う。そんなことを今さらながら思ったのは、3rdアルバム『THE CHANGING SAME』の幕開けを告げる1曲目が、“平井堅の歌の世界へようこそ”と、聴き手をライブ空間に導いてくれるような「Introdaction -HERE COMES K.H.-」だったからだ。
「Ken’s Bar」で歌ったカバー曲で自分が書かない・書けないような歌詞やメロディに出会い、それを“歌手・平井堅”として歌う。そうやって歌手としてひとつひとつの楽曲とまっすぐに向き合ってきた彼がいたからこそ、自分が作詞作曲を手掛けず、R&Bテイストが色濃くてアクが強い「楽園」「why」のような楽曲に繋がっていく道筋ができたのだと思う。とはいえ、デビュー当初のさわやかな好青年的なビジュアル、それまでのまっすぐに歌を届ける歌唱とは大きく変化した”楽園の平井堅“”まるで別人のような平井堅“に、当時はかなり驚かされたけれど。
「楽園」が大きな転機となり、前作『Stare At』以来、約3年ぶりに発表した3rdアルバム『THE CHANGING SAME』は初めてチャート1位を獲得し、ミリオンセラーを記録した。今作にはブレイク前に発表した7thシングルの表題曲「Love Love Love」が収録されている。リリース当時はセールスが伸びなかったけれど、この楽曲はライブで歌い続けることで多くの人たちに愛される曲になっていった。それを思うと1曲目のイントロダクションの次に置かれた「Love Love Love」が、平井堅にとって大切な場所である「Ken‘s Bar」で歌っているように聴こえてくる。
8thシングル「楽園」のカップリングに収録された「affair」。打ち込みに生ギターとストリングスを取り入れたアレンジが印象的な「the flower is you」。思わず身体を揺らしたくなるダンサブルな「K.O.L.」。平井堅が作詞作曲手掛けたノリノリのナンバー「LADYNAPPER」。6thシングル「HEAT UP」以来となった久保田利伸とのコラボ曲「Unfit In Love」は、久保田がコーラスで参加しているのもトピックのひとつだ。テンポ感が心地良い「wonderful world」から「Interlude -TURN OFF THE LIGHTS-」を挟んで流れてくる「楽園」が終わると、ちょっぴり懐かしい匂いがする「アオイトリ」へと続く流れも絶妙だ。
アルバムのラストに収録したタイトルチューン「The Changing Same~変わりゆく 変わらないもの~」の歌詞には、“確かなものは この胸の中に~”というフレーズがあり、情熱、希望、魂、喜びというワードも並んでいる。アルバム『THE CHANGING SAME』を制作している時期は、その後、自分を取り巻く状況があのように大きく変わることを予想すらしていなかったはずなのに、彼はこの先何が起ころうとも自分は歌い続けていくことを決意し、その思いを「The Changing Same」の歌詞に刻み、歌い、音源に残した。あの頃の彼が「The Changing Same」に刻んだメッセージは、この30年間、何があっても情熱と希望と魂と喜びを胸に抱えながら歌い続けてきた平井堅を、あらためて浮かび上がらせてくれた。
Text by ライター・松浦靖恵