HISTORY of ORIGINAL ALBUM

4th ALBUM
gaining through losing
2001.07.04 Release
 平井堅の4枚目のアルバム『gaining through losing』の位置付けを端的に表すなら、やはり“ポスト『楽園』第一弾”となるのだろうか。その『楽園』を収めた『THE CHANGING SAME』からのインターバルは僅か1年。全キャリアを通して最も短い。しかもその間に4枚のシングルを送り出したのだから、恐るべき仕事量と創造欲だ。

 もちろん追い風を活かそうという意図はあったのだろうし、前作で確立したR&Bシンガーのイメージをある程度継承はしていた。コラボレーターについても、トータル・プロデュースの松尾潔ほか重複がある。しかし決して守りの姿勢の作品ではなく、むしろシルバーに染めたショートヘアが物語る通りの新たな一歩であり、歌い手としてのアイデンティティの濃さを印象付け、色んな意味で5作目『LIFE is...』以降の時代へとつなぐ過渡的な1枚だったと思う。

 例えばその多様性。マイナー/メジャーコード、アップ/ダウンテンポを織り交ぜ、ムーディーなR&B路線を引き継ぎながらも、『She is!』や『TUG OF WAR』ではファンクの影響を強く打ち出し、『メリー・ゴー・ランド・ハイウェイ』ではフュージョンに踏み出して、クリヤマコトが演奏者としてもプロデューサーとしても腕を振るう『ワールズエンド』ではジャズに接近。シンプルなバンド編成による『Sweet Pillow』はクワイエット・ストームの流れを汲み、『TABOO』ではラテンの薫りを醸していて、『Miracles』は昭和歌謡の匂いを湛える。そして当時流行していた2ステップのビートに貫かれた先行シングル『KISS OF LIFE』は、セールスとチャート・ポジションにおいて自己最高記録を更新した。つまり聴き手も『楽園』や『why』のパート2を望んでいたわけではなく、平井の進化に興奮させられたのだ。

 リリックに目を転じると、キャラクターを演じたかと思えば内省を極め、ユーモラスに、シリアスに、センシュアルに表情を変えて、こちらも一カ所に留まることはない。恋愛を歌うにしても一筋縄ではいかず、我々は楽曲ごとに様々な状況下の恋人たちと出会う。答えのないクエスチョンと向き合っていたり(『LOVE OR LUST』)、想いを寄せる女性をともするとストーカーみたいに見守っていたり(『L’Amant』)、許されない恋に身をやつしていたり(『TABOO』)……。唯一混じりけのない至福の時間が流れているのが『Sweet Pillow』だが、“世界が終わるまでふたりきりでいよう”と訴えて『楽園』と同じ心情がエコーしているのが興味深い。

 また、これらのロールプレイング的な楽曲の中でも特に異彩を放っているのが、のちに『Strawberry Sex』でも組んだ多田琢の作詞による『メリー・ゴー・ラウンド・ハイウェイ』と『ワールズエンド』だ。平井が他者に作詞を委ねることは滅多にないが、ここにはまさに自分の中からは生まれ得なかっただろうシュールな世界が広がっており、彼は遊び心を全開にして前作のミステリアスなアーティスト像を惜しげもなく脱ぎ捨てている。

 他方、アルバムを締め括る2曲で、平井はふと素顔に戻る。どちらも、さらに広い訴求力を備えた国民的シンガーへ成長していくその後の道筋を示す、切なくも普遍的なポップソングだ。うち『even if』はご存知の通り、ファンに愛されている『Ken’s Bar』のテーマソング。元を正せば1998年に『バーボンとカシスソーダ』のタイトルで世に出た楽曲だ。次いで、前作と同様にラストに配置された自画像的なタイトルトラックが聞こえてくる。鷲巣詩郎のプロデュースのもと、ロンドンでクワイアを伴って録音されたこの楽曲は『瞳をとじて』などにも通ずるドラマティックな展開を見せ、ゴスペルを独自に消化。一大転機を乗り切った彼はキャリアの最初の5年を総括して“失うことで得たgaining through losing”ものを確認し、“人生は素晴らしいLIFE IS GOOD”と結論付ける。限りなくポジティヴな自己肯定で20代最後の作品の幕を引くことで、次の章に向けて準備を整えていたのだろう。
Text by 新谷洋子