『JAPANESE SINGER』。このシンプルさ、大胆さ、力強さ、平易な表現、大衆的なわかりやすさは、「歌バカ」に次ぐ「平井堅」自身を表した言葉と言えるだろう。平井は作詞作曲もするため実質シンガーソングライターだが、自己意識は常に「歌手」であり、これまで一貫して「僕はミュージシャン、アーティストじゃない」「シンガーソングライターっていうものに対する憧れはあるけど自分は違うなと思う」と語ってきた。だから『JAPANESE ARTIST』『JAPANESE MUSICIAN』ではなくこの作品名なのだろう。もはや『平井堅』というセルフタイトル作のように私は見えるのだ。
その内容は、真面目なもの、エッチなもの、ピュアなもの、捻りが効いたもの、音楽的に挑戦した曲があれば J-POP ど真ん中の曲もあり、歌謡曲育ちのルーツが反映された曲もあれば、海外のブラックミュージックへの敬愛を感じる曲もある。平井が持つさまざまな側面をそのまんま表したような作品に仕上がっている。前作『FAKIN' POP』が、皮肉やエッジで彩ったポップスの魅力を爆発させた作品であったのに対して今作は、遊び心はあれど、ど直球を溝落ちに投げ込んできた印象を受ける。「Love Love Love」を彷彿とさせるゴスペルナンバー「Sing Forever」から始まり、不安と誇りに揺れ続ける、人間・平井堅の矜持を感じる「あなたと」で締め括られるのが、特にそう感じる要因かもしれない。印象的な楽曲が並ぶ中でも、この起結2曲の存在感は群を抜いていて本作のムードを決定付けているように思う。ほかにも、プロデューサー松尾潔との10年ぶりのタッグ、平井曰く「今の自分に向けて書いた」というフェイバリットソング「夢のむこうで」の歌詞、「僕は君に恋をする」「いとしき日々よ」といった名バラードでみせる渾身の歌唱など、注目すべきトピックは多数ある。
今回聴き返したところ、正直に言って、全13曲を堪能し終わる頃には少々ぐったりするくらいのカロリーと濃度だと思った。最近の国産ポップスに、こんなふうに聴くほうも消費カロリーが高いような“真剣白刃取り”バラードがあまり見られなくなったのも痛感した。その「ハアー……」が、心地よい疲労感をほぐす溜息なのか、稀代の歌手に圧倒された感嘆なのか、またひとつエポックメイキングな作品を作り上げた敬服なのか、わからないけれど。デビュー16年目、中堅からベテランへと円熟味を増していく平井堅が、日本で生まれ育った自分なりのソウルを謳い続ける、と魂の帯を締め直した会心作であることは確かだ。
彼本人は「そもそも自分がない」「びっくりするぐらい僕自身が濃いものを持ってない」と言うが、全力で否定したい。平井さん、濃いです。お顔も性格も音楽も濃ゆいです。だからきっと、精魂尽きる事なく30年やられていらっしゃるのではないでしょうか。常人の為せる業では到底ありません。
2011年6月にリリースされた本作。日本人にとって記憶に刻まれた年であり、この時、多くの人が“日本”という国について考えたり、“歌のちから”に触れたりしたのではないだろうか。当時より10以上歳を重ねた今改めて聴けば、胸のより深いところに染みていく言葉が、音が、あるはずだ。今も平井堅が歌い続けていることが、何よりもの説得力をもって心を震わせる。それは息の長いアーティストだけが到達できる域、人生に寄り添う作品の創出だ。
Text by 鳴田麻未