前作から5年ぶり、9枚目のアルバム。14曲中9曲は既発曲で、「告白」「桔梗が丘」「グロテスク feat.安室奈美恵」「ソレデモシタイ/おんなじさみしさ」「君の鼓動は君にしか鳴らせない」「Plus One/TIME」「魔法って言っていいかな?」は、それぞれシングルとして事前に発表されている。
今以上に、ヒットが宿命であり責務だった。「大きな古時計」や「瞳をとじて」を歌う稀代のポップスターとして00年代を駆け抜けた平井堅であるから、立場的にも出すシングルはほぼタイアップになるわけで、当然、みなさまの気持ちに寄り添うもの、世の中に夢や希望を与えるものを、という要請が付いて回る。悪いことではない。というか、真ん中、大衆、子供たちの耳にも触れる流行歌を目指すのであれば、それはなるべくマイルドであたたかく前向きなものであるべきだ。タテマエと言えばその通りだが、露悪的に舌を出すことがいったい誰のためになるのか、関わる人々が多くなればなるほど考えざるを得なくなるだろう。平井堅はしかし、このタイミングで違う方向に舵を切った。
まず注目はノンタイアップで出した2014年の「グロテスク」。同じくトップスターとして君臨していた安室奈美恵との豪華コラボであるが、タイトルどおり内容はかなりえげつない。自分の心を騙していませんか、誰かを嫌ったり嘲笑ったりしてますよね、そんなあなたは特別なんですか? 冷や汗が出るような問いばかりで構成された自己嫌悪ソング。シングルとして話題を攫うべく、可能な限りエッジィで冷ややかで後ろ向きな方向を目指した、まさに異例の仕上がりだった。今聴いてもこれはヤバい。
そしてまた、この後に出したのが不倫女の煩悶を歌う「ソレデモシタイ」、サビで〈チクショー!〉なんて言葉が飛び出す一曲だったのだから、どう考えても偶然ではない。平井堅はヒットを宿命に背負いながら、この時期から嬉しそうに毒をばら撒き始めている。ポップスターのタテマエと生活者のホンネを同じフルコースの一皿としてご提供。少なくとも前作まで、とにかく沁みるラブソングの名手、たまにズルいところも描く歌詞がいいよね、といった印象があったものだから、ものすごくびっくりしたのを覚えている。
一年後、9曲の既発曲に新曲5曲を加えて完成したのがこの『THE STILL LIFE』だ。名曲が多い、茫漠たる人生にそっと光を当てる名バラードが多い、というのは平井作品では当たり前のことなので、あえて言う。毒ソングの奔放さこそが本作の聴きどころだ。男ウケしか考えない女を揶揄した「かわいいの妖怪」、ロックサウンドに乗せて世の中を糾弾する「驚異の凡才」など、ぎょっとするサウンドと歌詞が刺さってくるさまは怖いを超えていっそ痛快なほど。あまり褒められたものではないダークサイドを、決して後味悪いものとして聴かせない。そういう平井堅の才能が花開いた作品とも言える。そうして、それらの毒ソングを優しく包み込むラブソングたちの、あまりに柔らかい愛や郷愁の描写には溜息せざるを得ない。あぁどちらも人間だよなぁ、と。
涼しい顔で嘘を吐き、泣きそうな目で誰かの温もりを乞い、自分の小ささに震えながら、途方もない愛を語る。そうやって誰もがみっともなく生きている。
平井作品は本人の顔がジャケットになることが多いが、『THE STILL LIFE』だけは油絵の自画像タッチである。この男がじっと見つめているのは、自分自身か、それとも、あなたが隠しているいろんなもの、だろうか。
Text by 石井恵梨子